生き物としての「シン・ゴジラ」

「え、動くの?」「そりゃあ生き物だからな。」


庵野秀明総監督による「シン・ゴジラ」が話題となっている。
政治・防衛・震災と様々な角度で考察が行われ、現役の政治家をも巻き込んだ議論が起こっていることは、まさに庵野総監督の思惑通り、と言ったところだろう。
そういう私もカネ無し貧乏学生のくせに、3回も劇場にお布施を払いに行ってしまった(3回目はポップコーンではなくメモ帳を持って鑑賞した)。

しかし、様々な考察記事を見ていると、意外なほどに生物学的な指摘が少ないことに驚いた(と言いつつ、この記事を執筆中にいくつか発見したので記事末尾にリンクを掲載した)。ゴジラはあくまで生き物なのだ。そこで、粋では無いかも知れないが、とある大学で現在進行形で生物学を専攻している立場から、劇中の生物学的背景について、勝手に考えてみたい。
ネタバレを避ける意味合いで、これ以降の文章は、映画鑑賞後に読むことをおすすめする。





















100度を超える生物なんているわけ無いだろ!→(一応)います。

東京湾アクアラインのトンネル事故に伴う総理レク最中に
「海水が沸騰してるんだ。100度を超えるような生物なんて居るわけ無いだろ!」
といった台詞が登場する。

本当に100度を超える生物なんて居ないのだろうか。
答えはノーだ。常温の環境下でも、100度を超える熱を発することが可能な生物は存在する。残念ながら陸だけど。
それは、日本にも生息するミイデラゴミムシ Pheropsophus jessoensis という昆虫である。別名ヘッピリムシとも呼ばれたりする。
郊外の草むらなどにごく普通に生息するこの虫は、攻撃を受けると、お尻から化学反応によって作り出した100度を超える毒ガスを噴射する(毒と言っても死んだりはしない)。
この虫を餌としているカエルなどの捕食者は、このガスに驚いて食べるタイミングを失ってしまうのである。

また、100度近くの超高温環境を好む生物も居る。海底の熱水域などに生息する好熱性細菌などがその一例だ。一見私達の生活と縁遠い気もするが、近年のDNA解析は、この細菌に由来する物質によって支えられている。



「すごい・・・。まるで進化だ。」→いいえ、これは変態です。

多摩川を遡上して蒲田から上陸した巨大不明生物は、品川へ移動し突如巨大化し二足歩行を開始する。
その光景を見た、矢口蘭堂 内閣官房副長官が発した台詞だ。

私はこの台詞を聞いた瞬間、がっくりと頭を抱えてしまった。強く言いたい。
「お言葉ですが副長官、これは変態です(キリッ」と。

動物が、生育過程において形態を変えることを「変態」と言う。実は小学校3年生の理科で習っている。
例えば、オタマジャクシがカエルになったり、蝶の蛹が成虫になるといった変化である。

一方、進化とはなんだろうか。
多くの人が知っているように、長い年月(世代)を経て、地球上の生物は変化を遂げてきた。
その過程で、環境に有利な性質をもった生物が生き残り、不利な性質を持った生物は途絶えてきた。簡単に言うと、この変化のことを進化と言う。
首が短かったキリン「キリ子」が、ある日いきなり首が長くなってそれが子どもに引き継がれたわけではない。首がそれなりに長いキリンのほうが相対的に多くの子どもを残せたから、だんだんと首が短いキリンが居なくなっていったのだ。

日本における「進化」という言葉をめぐるこの勘違いは、話題の「ポケモン」に由来するのではないかと思う。ポケモンのレベルが上がって形態や性質が変化することも、生物学的の言葉で言えば、「進化」ではなく「変態」なのだ。
エリート街道まっしぐらの矢口副長官も、もしかすると幼少期にはポケモンに興じていたのかもしれない。

ちなみにパンフレットのプロダクションノートでは、ゴジライメージデザインを担当した前田真宏氏へのインタビューが掲載されている。そこから引用すると、
「徐々に変態もしていきますが、僕の解釈ではこのゴジラは海から上がってきてミューテーション(突然変異)が急激に起こって、みるみる変化していく。」
とある。
変態という言葉が使われていることから、制作陣が進化という言葉の意味を完全に誤解していたわけでは無いと信じたい。
ちなみに、体を構築する体細胞の突然変異によって起きる形態変化の代表例は癌(悪性腫瘍)である。


人類の8倍もの遺伝子情報と進化

理研発のビッグニュース、STAP細胞!では無くて(自主規制)、
安田 文科省研究振興局基礎研究振興課長によると、ゴジラには「人類の8倍もの遺伝子情報」が含まれていたそうだ。
この報告を受けて、尾頭ヒロミ 環境省自然環境局野生生物課長補佐が、「ゴジラが、この星で最も進化した生物と確定しました。」と続ける。

ここでの「人類」という言葉を「ヒトという種 Homo sapiens」と理解するか、「地球上に存在する約70億人の全てのヒト」と理解するかで判断が分かれるだろう。

ここでは、ヒトという種として見た場合を考えてみよう。
ヒトのゲノム、すなわち全塩基配列の解読を目的としたヒトゲノムプロジェクトによって、ヒトの核DNA(ゲノムサイズ)は約30億塩基対あり遺伝子数は約23000個あることが明らかとなった(International Human Genome Sequencing Consortium 2004)。


表1. 生物種と遺伝子数・遺伝情報量の代表例(筆者作成)

この表を見ても明らかなように、ヒトは遺伝子数・遺伝情報の量どちらを考えたとしても、極端に高いとは言えない
さらに、遺伝子数や遺伝情報の量が、生物の知能・機能といった性質と関係があるという知見も得られていない。

ちなみに、遺伝子解析技術の進歩は素晴らしく、かつて十年以上を要したヒトゲノムのシーケンス(配列決定)も、今や数日で終わるようになっている(イルミナ株式会社 2016)。なので、ゴジラがヒトの8倍のゲノムサイズをもつ生物だったとしても、全ゲノムの配列決定に「何年かかるかわからない」なんてことは無いだろう。


ヤシオリ作戦(矢口プラン)始動!~血液凝固剤の「経口投与」は効くのか!?~

1度目の上陸によって得られたデータから、ゴジラは、体内にある原子炉状のシステムから出た熱の冷却に血液を用いている可能性が指摘された。
そこで、巨大不明生物特設災害対策本部(巨災対)が決めた策は、血液凝固促進剤を用いて血液流を止め、ゴジラの排熱システムを阻害し、ゴジラ自身の緊急冷却システム(スクラム状態)を発動させ凍結してしまうというものだ。これが矢口プランである。

ここでは、以下に挙げる2つの点が引っかかる(そのうち1つは私の同期の指摘だった。感謝。)。
・血液凝固促進剤は経口投与によって効くのか
・ゴジラは緊急冷却システム(スクラム状態)を有するのか

この2点について考えていくこととする。

【血液凝固促進剤の経口投与】

劇中では、森 厚労省医政局研究開発振興課長によって、トロンビンとシリカをベースとした血液凝固促進剤が用いられた。

トロンビンは、我々人間が怪我をした際に体内で生産され、止血のために作用する酵素である。
また、実際に医薬品としても止血用に使われている。「経口用トロンビン」と検索するといくつもヒットする。

しかし、ここで重要なのは、トロンビンを経口投与しても上部消化管の止血しかできないということだ。つまり食道・胃・十二指腸と言った消化管表面部分の血液凝固しかできず、全身の血液凝固ができそうに無いということである。
この打開策としては、全身の様々な部分から、どうにかして同時に注射するしか無いだろう。しかし、ミサイルでも穴が空かなかったゴジラにそれは難しそうに思える。

映画の都合としては、多くの方の指摘にあるように経口投与のシーンは、福島第一原発事故の注水作業のメタファーとなっていると私も思うので、やむを得ず経口投与という手段を選んだのかもしれない。


【ゴジラは緊急冷却できるのか】

1度目の上陸で第3形態へ変化を遂げたゴジラは、冷却システムが追いつかず急いで海に戻っている。この時点では緊急冷却システムは機能していないようだ。
なのに、どうして尾頭 課長補佐はゴジラに緊急冷却システムがあることを断言できたのだろうか。

劇中では、緊急冷却システムとして「原子炉スクラム」のようなシステムを仮定しているようだ。これは、原子炉が異常をきたした際に、緊急停止するシステムのことである。

もし、緊急冷却システムが無いのに血液による冷却システムを血液凝固剤で止めてしまえば、核融合による熱エネルギーの制御ができなくなり、大惨事になっていたのではないか、と思う。


「死をも克服した生物」は実在する!

巨災対の国立城北大学大学院生物圏科学研究科 間 准教授が、ゴジラに対する熱核兵器の使用に対して「ゴジラは死をも克服している可能性がある」と指摘している。

死を克服した生物と言うと、まるでイメージが湧かないが実際に存在することが知られている。それは、ベニクラゲという世界中に生息するクラゲである。解説記事を見つけたので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

若返りの方法がここから見つかる!不老不死の生物・べニクラゲがもつ驚異の力
http://s-park.wao.ne.jp/archives/725

死を克服した、若返りする事が出来る「ベニクラゲ」
http://floater.click/umi/benikura

おわりに

以上、映画「シン・ゴジラ」を観て、生物学を専攻する学生の立場から気になった点を列挙しました。複数回、かなり真剣に映画を鑑賞し、パンフレットもしっかり目を通すように心がけましたが、映画内容の記憶やメモに間違いがあった場合はご指摘いただけると幸いです。また、上記の指摘に誤りなどがあれば、コメント等を通じてぜひご教示をお願いします。

最後に、純粋に映画として面白く、心からワクワクさせてくださった上に、色々と考える機会をも与えてくださった庵野秀明総監督はじめ、「シン・ゴジラ」制作に関わったすべての方に、心からの敬意と感謝の意を表します。




〈生物学関連の考察記事(随時追加予定)〉

シンゴジラの生物学
http://holozoa.hatenablog.com/entry/2016/08/11/185248

【ネタバレ「シン・ゴジラ」】巨大不明生物ゴジラの細胞生理学的考察
https://note.mu/hamaji/n/nc3833e26ab1d

『シン・ゴジラ』とキリンとアゲハとアトムと

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